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お返事、それからとか

 投稿者:Neko  投稿日:2011年 8月14日(日)21時47分30秒
  半壊のアパートに今もすんでいます。

他の住人が避難したので、一人暮らしです

ミクシーなどに更新している方が多くなってきたのは

このところやはり疲れてきてしまっているのかもしれません
 
 

(無題)

 投稿者:かや  投稿日:2011年 8月11日(木)19時13分13秒
  夢見さんに逢ってきました。
暑い日が続いています。
夏ばてに気をつけて。

http://kayano.oboroduki.com

 

(無題)

 投稿者:Neko  投稿日:2011年 3月21日(月)04時57分26秒
  生きてます。病院もがんばってます  

地震

 投稿者:夢見  投稿日:2011年 3月11日(金)22時08分49秒
  地震、どうですか?
今頃、病院でてんてこ舞いかな?
自宅に帰るのが怖いでしょう?

東京でも揺れて、食器棚崩壊、(江戸切り子のお気に入りグラス、多々崩壊)
箪笥、倒れて、寝室に入室不可能。

体調が悪くて、ピアノのレッスン休んでいるところだったの。
食器棚押さえていたのに、余りの揺れに、玄関の扉を開けに行ったら、
その間に見事やられました。

やっと片付け終わって、空腹でも目の前のジョナサンに出掛ける元気すらなく、
今、簡単に食事を終えて、やっと落ち着いた。

結構余震が強いから、食器棚の前で、これ以上被害を出してなるものかと、
ジノリの食器を守ってるよ。

でも、もう寝たいな。
具合が悪くて寝たかったのに、この騒動。
私って、つくづく休めないようになってるんだと思う。
なんでやねん!!!
 

res

 投稿者:Neko  投稿日:2010年11月20日(土)20時41分20秒
  とりあえず

みんなファイト
 

10月4日に書こうと思って、書けなかった。

 投稿者:夢見  投稿日:2010年11月18日(木)23時49分51秒
  遅ればせながら、お誕生日おめでとう。
幾つになったのかしら?

私も、報告があります。遂に、離婚が決まりました。
50歳にして、やっと自分の道を、自分の足で歩いて行けるのだと嬉しくて、強がりではなく、本当に嬉しかったの。

でも、話が煮詰まってきて、所有のマンションは売って財産分与と言う話しを聞いたら、段々と悲しくなるばかりです。他人から見れば、ほんの些細なことかも知れませんが、自分の好きなようにキッチンをリフォームして、子供達に教える為に行事用の道具一つ取っても、色々な焼き物(陶器)、漆器、それぞれ、違う物にして、自然とその特徴を覚えていけるようにと、揃えてきました。娘に、その道具の扱い方を教えていくつもりでした。
そうして積み上げてきた、家庭の歴史が無用の物としてリサイクルショップに持ち込まれて、売られていくことを考えると、胸をえぐられる気がします。

サッサと荷物を運び出せと言われて、この部屋に収まりきらないようなブランド物のバッグなどを売りに行こうとタクシーで持ち帰っていますが、家に帰った時、凄く寂しいのです。
以前は、やっと帰宅した自分の自由な空間、と寛げたのに。

何もする気も失せて、昔発病した時のように、貴方とかやさんにメールして居ます。
もう、トイレに立つのも一苦労です。
喘息のクリニックが遠くなったので、リンデロンの頓服で凌いで薬が無くなったので行ったら、レントゲン写真は、ちゃんと病歴を写していました。6月に撮った時は、今までになく綺麗で、心臓肥大も解消され、文句なしだったのです。今回は、気管支が、しかも肺の舌部よりも上の所で2カ所、潰れていました。どうりで、息切れがするはずです。

ここまで身体に応えるとは思っていませんでした。息子が私と住みたいというので、今のマンションに、2人か、娘も入れて3人で住もうなんて考えていた私が甘かったのですね。
いずれにしても、辛い日々です。

嬉しいこと一つ。
2月に、息子のドラムの発表会で、私のピアノと一緒にセッションすることにしました。
ベースを頼んで、賑やかに、Let it be を演奏するつもりです。でも、先日初めて、合わせに行ったら、まあ難しいこと。ピアノの連弾の方が、遥かに楽だと分かりました。
ピアノがここに運び込めないので、電子ピアノを買おうか、大いに迷い中。息子の練習用の電子ドラムの方が先だし。。ドラムって、アコースティックの方が遥かにお安いのね。ビックリしました。電子ドラムとは一桁違うの。明後日、ドラムの先生に相談だけれど、幾ら消音器が付いているとは言え、本物のドラムを、マンションで叩く訳に行かないでしょうね。でも、電子ドラムだと、ピアノもそうだけれど、タッチングとか違うじゃない?そこを上手く分かるようにしてあるから、電子ドラムが高いのでしょうけれど。

何も出来ないところに、唯一の楽しみですよ。キーボードを運び込んで、練習してますが、直ぐに疲れちゃう。でも、それは、PCも同じ事です。PCの電源を入れるのに、勇気が要ります。携帯の、メールの音にうんざりです。
何だかもうダメみたい。
 

RESかやさん

 投稿者:Neko  投稿日:2010年11月15日(月)22時42分12秒
  夜明けが近いようですね

それがどんな夜明けであれ

自分で選んだ夜明けなら

甘んじて受けるだけでしょうか

年月の無残さに

今更ながら愕然としても

流れてしまった歳月は

受け入れるしかありません

あと

どれだけ働けるか

分かりません

あなたも

私も

精一杯生き続けていくのだと

思わざるをえません

連れ添いを大事にして上げてください
 

 投稿者:かや  投稿日:2010年10月24日(日)05時34分38秒
  長い夜になってきましたね、季節。
まだまだ、もがいております、わたし。

うちのHPのプロバイダーは、今月末でサービスを終了するということです。
なので、移転しました、そのまま。
茅野朧月ドットコムです、いいでしょ?
また、よろしくね。

http://kayano.oboroduki.com/

 

7nen tattakana?

 投稿者:Neko  投稿日:2010年 9月27日(月)23時11分40秒
  ご無沙汰してました。

回復期にあること、うれしく思います。

回復して退院される患者さんのいない病棟につとめていると

少しの症状の緩和でも、ほっとするもので

サチュレーションの90%維持なら御の字です

チアで冷たくなった末梢の計測不能の酸素飽和度をなんとかはかれるようにと悪戦苦闘し
70%台でも出てくればなんとか持ち直せるのではと

ニチフィリンを出してくれるようにドクターコールしたり

事前指示に従って10リッターの酸素で落ちてくる血圧に

塩ドパ、ドブタミン、めいっぱい輸液ポンプで落しもし

それでもつなぎ止められない命ばかり日々むきあっていると

頑張って回復に持ってきたあなたの戦いが

ちゃんと成果を上げていることが本当に喜ばしく思えるのです

ストレスの恐ろしさは自分自身よくわかっています

あなたの人生が

これ以上ストレスに責められないように祈るばかりです



またいつか皆とおあいできればいいですね
 

7年目

 投稿者:夢見  投稿日:2010年 9月25日(土)06時53分16秒
  此処に来たのは何年ぶりだろう?
もしかしたら6年ぶり?
発病前?

3年間、酸素に繋がれて、入院を受け入れてくれる病院を転々としながら、ほぼ寝たきり状態を過ごしました。喘鳴すら聞こえなくなってしまった、最重症の気管支喘息。在宅酸素になるまで、毎日ステロイド点滴を受けながらも(リンデロン4㎎)僅か5日間。

ブロンコレラに罹り、連日ステロイド点滴、休診日には離脱症状による関節痛。うめき声が、離れた夫の寝室まで聞こえる程。膝の中でマグマが燃えたぎっているように、歯を食いしばっても漏れてしまう。特有のムーンフェイスと、妊婦のような大きなお腹。

入院の度に足の筋肉まで取られて、杖代わりのスワニーのキャリーの中に酸素ボンベを積んで、3Lの酸素を吸っても130拍以上の脈を打つ苦しさ、ボンベ無しの外出は出来ず、スーパーすら行けず、楽天のお取り寄せで手作り総菜を温める日々。乾癬による膝関節のいたみをまもるための、ボーンの入ったサポーター両足に。

3年間、私の行ける所は、近くの駅前の喘息専門医の居るクリニックと、心療内科だけ。心療内科の主治医が大学を移動した為、10数年ぶりに赤坂見附まで通うことになった。行き慣れぬ所が未だに怖くて友人に付き添いを頼んでの、初めての赤坂見附での診察。地下鉄のエレベーター、下りエスカレーターが無いのに泣かされ、翌日は完全に寝込んでしまう。家事は、殆ど出来ないものの、ついうっかりとカニューラを外したまま、窓ふきをして、酸欠で倒れること幾度、脈拍200打ちながら、かろうじてサチュレーションは95をキープ、ひとたび休み、脈が落ち着くと見る間に90を下回ってしまう。

アレルギー専門病院で3ヶ月入院、ステロイドぬき、その間殆ど発作無し。
帰宅後、酷い咳込みに、直角近くまで背を上げたベッドでも眠れず、PC前の大きな椅子で眠るだけ。ICUで蘇生治療を行っているのと同じ治療を受けながら、連日眠れないことは、医学的にはあり得ないと、アレルギー科からは見放され、以来、駅前の喘息専門医と心療内科医が私の命の綱でした。喘息医が、自分の技量と、私の体力とどちらが勝るかの勝負と、そこまで言われていながら家では、声も出ない息苦しさの中、アイロン掛けを命ぜられていた。

隣に娘が居ながら、突然の呼吸困難に、酸素、と言った後声も出ず、それをシカトされたら、手足が冷たくなっていく経験2回。息子が帰宅して、異常に気付き、酸素と拡張剤で事なきを得た。

ストレスにより身体が緊張すると同時に、気管支が収縮して呼吸困難になってしまうと言うことが判明。昨年夏の入院時に、別居を決断。
10月、夫の勧めで出会い系に登録、そこで単身赴任中の彼に出会った。
体験したことない心の優しさに、心身の緊張が解けて、喘息快方に。

2ヶ月後、彼は京都に帰任し、家財を処分するのに困っていた彼の部屋を、事務家具、家財付きで譲り受け契約。今年1月より2年間の療養生活開始。子供には内緒の隠れ家。

1月6日引っ越し前日、喘息医の元で1ヶ月分の薬を処方されたら、次の診察は薬が切れる前だった。年末まで、1日おきのデカドロン点滴に通っていたのに。

一人のことは全て自分で出来る。4人分は無理。今はまさしく、リハビリ中。
精神科の療養プログラムの中に、料理がある意味が始めて分かった。本当に出来なくなていたから。
一人になれば出来る、買い物に行けば作りたいものも浮かんでくる。

医師も驚く程の回復ぶり。でも、やっぱり、無理は禁物。まだまだ体力不足と、気候の変化には弱い。梅雨時よりも、秋雨の方が応える。此処連日不調、でも、リンデロンの頓服服用で自己コントロールが出来る状態。

ただ、一人暮らしの怖さは、一人このまま息絶えたら、他人様に迷惑を掛けることだと、実感している。警察沙汰にはなりたくないものだ。

それにしてもストレスの恐ろしさを改めて、実感して居る。血液検査が、月ごとに良くなって来ている。初診の時よりも良い状態。体質だと思われていた、血小板の常時42万個が、39万個にまで減ってきている。
これで1年間入院しないで済んでいる。メンタルの薬も減ってきた。
それでも、1日62錠の薬と、漢方薬1包、吸入スプレー剤3種1日6吸入。夜間の酸素吸入1.5L、これでかろうじて生きている。
 

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